pianississimo 3


〜〜〜 Très très faible 3 〜〜〜


そこに本当に自分が立ちたいのか?
人にとって意味をなす場所なのかも判らない。
おそらく、ステージが上がりそこに近づけば、称賛や尊敬は得られるだろう。
そこは何もかも投げ打って、自分の全てを賭けて、柵も情も切り捨ててまで立つ価値をあるところなのか?
ただ一つ言えるのは・・・・・確かに身震いするような音楽は其処に在るということ。。。


こういう事は俺には良くあるのかもしれない。
良くも悪くも、自分ひとりで決めて、決めたなら全力でやり抜くのが俺の流儀だからだ。
責任と自覚をもって、自分で感じて実績を積み重ねて行く。
目標に向けて、ひとつひとつクリアして行かなければ、目指す理想へは近づけないから。
もちろん、理想なんてゲームのファイナルステージみたいに形があるものじゃないし、
自分へ課した試練を乗り越えたって、理想に近づけたことにはならないってことは解かりすぎるくらい解ってるつもりだ。
だが、そのことでのだめを不安にさせて、泣かせたりしたら、本末転倒だろう。
この頃解かってきたことだが、のだめのピアノの音が唄っている時は、自分も上手く行っている時なのだ。
ある意味で依存……いや、共存かな?
こいつにアドバイスしたり、課題を一緒に考えてちょっと教えてやったりする時、
自分ももれなく、成長させて貰ってるんだって、気付いたのは何時のことだったろう・・・。

俺とおまえが二人でこの部屋に住む前に、家族と呼ばれた3人が暮らしていた部屋
それぞれに望んだものが違ったのか、
一番大切にしたいものが微妙にずれたのかはわからない。
けど、最初は…… 愛し合って出来た家族だったはずなのに。
描いた夢は実を結ばずに零れ落ちて……

まだ、あるかないかの絆しか結んでいないのだめと俺は……
音楽の神さまが確かに俺たちを結んでくれていると信じてるのに
ばらばらになってしまった家族のことを思うと、
そこで自分がひとり、必ず叶うと夢みて待ってた、零れ落ちた時間が未だに心の底にこびり付いていて
身動きとれなくなる。
消し去りたいのに、その凍えた心はどうしたって俺の一部になっていて、決して忘れられない思い。
失ったからこそ解る喪失の痛み、切なく虚しい叶わなかった望みの残骸……


俺たちは違うんだ。 そう自分の心に言い聞かせても 心はカラカラと音を立てて
おまえのことを思っても寂しくなって……  俺が弱いからなんだと思う。

おまえといることは音楽とあること……

だから、俺は強くなるために、おまえと一緒にいられる自分になるために……一人で……乗り越えて来なければ。

今は、分かれて暮らしたって、いずれ……
のだめ……おまえ、俺のこと、解ってるだろ?
信じてる。 おまえになら、解るはずだ。 
ときどき、この俺より、俺のこと解ってるみたいにだって思えるおまえだから。
そう、お互いに自分があるべき道を進んで行けば、いいだけで当たり前のことをするだけなんだ。
そうすれば、必ず、俺とおまえの道は最後は一つの道になる。
そしてその道は、どこかの景色のいい頂きの上に……
誰も上ったことのない、二人だけの音楽に通じているって俺は信じてるし、
そうでなくては……俺とおまえが出会い、ここでParisの片隅の部屋で抱き合ってるなんてことになるわけないじゃないか。
そうだろう? なあ、のだめ.......




こんなにはっきりと未来が思い描けるなんてこと、今まで俺には無かった。
いつでも黒一色の宇宙の塵になったみたいに闇に漂って、冷たい波に飲み込まれて苦しくて流されて、音楽の旅に出たいのに、
俺は狭い日本の大学の中で届かないものに焦れてただ、心を閉ざしてた。

そこから連れ出してくれたのは、のだめ、おまえの陽溜まりみたいな暖かさではなかったか。
捨鉢になっている俺にまっすぐ向けられた一途にその輝く瞳……俺は太陽とは程遠いのに眩しそうに彼女は俺だけを映してくれた。
ここまで来れたのも、絶対、おまえのおかげなんだ。不思議なパワーはいつも俺を癒して、次に進むエネルギーをくれる。


千秋真一 …… 迷うことはない。
自分に言い聞かせた。

まだまだだ……

そう、この場所に俺を待つこの温かい感触がある限り
それにしても……
この世の中には、人類が明かしていない不思議がある。
一番知りたいのは、コイツの精神こころの中だったり・・・・
俺にとって掛けがえの無い者・・・・
この腕に確かに在る、この世で一番想像つかない存在が
俺を求め、まっすぐに追ってくるから。

俺は、先に行かねばならないのだ。
のだめは、俺のすべてを肯定してくれるばかりか、どんな時でも好きでいてくれる。だから・・・・自分は……
それに俺から音楽をとったら……何も残らなくて。。。。
そう、俺はずっと、のだめの好きな「シンイチくん」でいたいから……


自分たちの道を迷うことなく、行かなければ……
音楽さえあれば、俺たちは繋がっていられる。



―― でも、その前に俺は……
―― この目の前にいる、稀少価値な……俺にとって唯一無二の人間、いや、最愛の女に
―― 俺がどんな思いでいるか、刻みつけて置かなければ気が済まない。

将来の予約と言うか、売約済みの封緘ラベルとか、そういう意味で……
一応、これだけ一緒に居れば、世間的には恋人で、同棲してて、男女の仲だってことは前提になってるから。
そうじゃない、なんてことは…… どっか、可笑しいだろ、やっぱり……


しっかりと囲った腕の中にのだめがいた。
腕にすっぽり収まりきる、抱き心地の良い小さな体……
微かに震えるそれは、ほっこりとした温もりを伝え、迷子の仔猫をかいなに取り込んでいるように
抱き絞めると柔らかくて、堅くしこった心の重しをいつのまにか、どこかにやってしまうのだ。
やっぱり、この腕の中の存在は、よその国からきた魔女見習いなのかもしれない。

俺だってただの男だから…… のだめは俺のために遣わされた音楽の天使だけど、その前に
俺のために流した涙……泣き濡れた彼女の瞳は俺だけを見つめてる。
すべてを受け入れて差し出される体躯は
間違いなく、一対の男女として融け合う事を約束して、
まろやかな女らしい丸みとクリームのような肌理の細かい白磁の肌で俺を昂らせるのだ。

邪気がない、のだめだから、
俺は余計に理性でブレーキを利かせるのが、もうこの頃では毎日、限界への挑戦をしているようなもので
これもまた、別れて暮らす理由で
もう少し我慢しないとタイミングが悪くて、お互いが良く進める道を閉じてしまうことになってしまうかもしれないからだったりする。



もちろん、のだめは男を知らないのだ。
そして……  のだめの目線で見ると、
俺が男として、普通の女を見るように自分を見ていることなど、たぶん、気付いていない。。。

だから俺はこれ以上、こいつの傍にいると常軌を失って性愛にのめり込みそうになって苦しいから、距離を置かずには、ちゃんと勉強に集中できない。
おまけに、のだめのことで頭を一杯にして、待つ時間は、小さい頃、帰って来ないアイツを待っていた時間を彷彿とさせて、
もし、あの時と同じにこの先に 「別れ」や「失望」だけが待っていたらと思い始めると先に進めない気がする。




だけど、やはり俺は男で……
この世界で、のだめを無邪気な子供の時間から起こすのは自分の役目なのだ。


―― きっと、おまえは誰よりも、すごいピアニストになる、これは決まり切ったことだ。
―― 俺が言うんだから、絶対、間違いない。だけど……
―― この他所の★から来たような、のだめはこれから、いったい、どんな女になるんだろう?
―― コレを女にしようと、目をつける男はそれこそ、星の数ほどいるだろうけど、
―― おかしなことに…… どんな男にものだめを渡したくない

これは正直な気持ちだ。
俺は独占欲が強いから……

―― ・・・・と、
―― って、ことは、やっぱり、俺がのだめの最初で最後の男になる他ないってことだな。
―― こいつの恋人となることで大変な面倒を背負込む被害者は出来るだけ少ない方がいいもんな


俺にしっかりとしがみついてくるのだめを驚かさないように上向ける。


今まで深いキスをしたこともある。
拒否することもなく、良く分からないまま、されるがままになっていたのだめ
曇りのない目をまん丸くして、じっと俺の顔を不思議そうに見てたっけ。

胸を触ってみたこともあったっけ。
すぐに体をくねらせて、俺の掌を外して
「先輩、ムッツリ!!っ 」
なんて言ってたけど、頬が上気してピンクに染まり、影を落とした長い睫毛が震えていたのを覚えている。

―― 今日こそっ 

もう、逃さないとばかりに彼女を抱きしめた。
「別れ」という、シチューエーションさえ、のだめを煽って焚きつける小道具に使おうとしている、己れの狭量さに辟易しながら.
俺の男の本能がチャンスを逃すなと囁いている。
のだめが、ハふ〜ん、と妙な声をあげた。
シャツの胸のあたりがしめっているから、まだ涙もとまらないんだろう。
けど、泣きながらも俺のシャツの匂いを嗅いでいる。

そう、こいつは俺を好きなんだ。

「大好きデス〜  愛してマス♪ 」 って、口にするのは、日常茶飯事で
そういうのも今までみたいに聴けなくなるんだ…… 。

そう思ったら、俺の方が堪らなくなって、噛みつくように深いキスをして、その豊かな胸に手を這わせた。
のだめの細くて長い白い指が俺のシャツを一層強く握りしめるから、シャツの裾を出してボタンを外してやる。
素肌を触ってほしい・・・・・・・


のだめ、俺のこと撫でてみて…… 
 ここ、直接……   」

のだめが素直に指を俺の襟元から肌蹴た胸に伸ばした。
ピアニストとして、幾千万の音色を自在に奏でる指先はひんやりとして、不覚にも俺はそのまま、のだめに圧し掛かりそうになった。






その時……


優しい音色が開いたドアの向こうから聴こえた。
アレはショパンのノクターン第二番変ホ長調..............

nン・・・・・  あっ///////
―― そうだった。調律師さんが来てるところで引越しの話をのだめに聴かれて・・・・・

まだ、帰ってなかったんだ。
それなのに俺////////



きゅるる〜

すぐ傍からも変な音がした。
ああ、のだめの腹の虫が鳴いている……
こんな色気のない変態チックな存在がこんなに愛しいなんて。





調律師さんを帰して、のだめに言った。

―― いいさ、まだ次の公演までいるんだから、チャンスはいくらだって、ある。
自分の中で勇み足する牡馬を宥めすかしながら……


「なんか、喰おう。
 今日は、おまえの好きなものを何でも作ってやる 」

「ふええ〜ん……
 シェンパイ、そんな嬉しいこと言ふと涙が〜止まらなくなります。
 意地悪しないでクダサイ 」

「知るか、晩飯はいらないのか?
 泣きやまなけりゃ、今夜、飯は作らないゾ。  」

「ううう・・・・ センチメンタルでも
 お腹は空きますデス。
 あ、そうだ〜 ♪ 」

のだめは、買い物包みを俺の方によこす。

「まさか、こんな事態になるとは思いませんでしたが
 これはキヨミズから飛んだ、のだめからの貴重な食材の提供デス」

「???」

差し出すのだめの目は雨の晴れ間みたいにきらきらしていて、目のふちが赤くなってるのさえ可愛くて思わず見蕩れてしまった。
これは不意打ち、一生の不覚というか、未熟者の自分……
今夜、ベッドで独り反省会をやらねばなるまい。
のだめに気持ちを伝えるところまで、また辿り着けない情けない俺。
やはりまだまだ、音楽家としても、男としても、修行を積まねばならないのだろう。









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 千秋だって、内面はまだ23歳の青年ですもの。
 これくらいの元気がなきゃ、音楽なんてパワーいるもの、やってられないでしょ。
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