天使の翼を持つ者たちへ 1 (一分の才と九分の熱?)



「///  !っ
 の、の・・・だめ・・・・・」

「ダ・・・メ・・・・・じゃないけど....... 駄目ジャ・・・・
 でも・・・・な・・・ん・か  へ・・・・n なきぶ・・・んデ」

―― ま、まじかよ。
―― まじーな、またやっちまった。。。

真一は心の中で毒づきながら、それでもこれ以上に無く慎重に、小さなふわふわした塊りとなった彼女を寝室へ運ぶ。
すでに幾度となく、繰り返された光景。
けれど、残念なことに、腕の中にいる愛しい存在がそういう気であったことは一度もないのである。
大抵は、ピアノを弾き過ぎて半分、夢の世界に遊んでいるか、
アナリーゼや曲想が掴めなくて、朦朧としてホタル化する直前だったり、
飲み過ぎて、テンションは高いけれど、何しているか解っていない状態だったり。

―― 誰も信じないだろ? おまえ、いったい幾つなんだよ。
―― それにアダルトサイトだって俺のPCで廻ってたことあるくせに。
―― ったく、厭き返るくらい学習能力のないヤツだよ

これまた、ツンデレ代表である千秋真一、思っていることと、表情はまるで違っているのも日常茶飯事。
伝わってくる柔らかい温もりを腕に口元もついつい緩みがちな彼であるが、のだめを抱え直すこともなく、軽々と片手を離し、寝室のドアを開けた。
そう、真一は、細そうに見えて頑健でなのである。
当然、男としての本能も要求も本来、人並み以上だった。

―― 何で俺たち、こうなんだろう?
―― のだめだって、俺のこと、好きだ好きだって言ってるんだから、強引に迫ればいくらでもどうにかなるだろうに・・・な

優しい線を描く彼女の頬の輪郭、桃色に紅潮しt色……
つややかなチェリーピンクの唇は、遠慮というものを知らず、真一のリピドーを嫌が上にも煽る。

だが……
肝心の本人は、長い睫毛の翳を頬に落とし、無邪気にもすやすやと眠っているのだ。
自分が抑えきれない気持ちを籠めて、愛しい女に贈るキスをしたというのに、この有様は何なのだ。
それでも・・・・
彼は添い寝するように身体を横たえながら、彼女の頬に手を伸ばした。

細い茶色の髪、赤ん坊の髪みたいに柔らかくて、それを、自分の長い指で、羽のように持ちあげて掌で掬いとめてみる。
胸に拡がる甘い痛みが彼を物思いに誘いざなった。

嘗て、自分が女に此処まで、自分を譲ったことがあっただろうか、と。
知れば知るほど、愛しくて…… ただ傍にいてくれれば……
いや、何処にいっても再び、腕の中に戻ってきてくれさえすれば、いい・・・・と思うなんてこと。


それでも、男の自分にはもう、限界が来ていることは千秋にだって解っているのだ。
ふたり同じ部屋にいて、疲れて眠るベッドも一緒。
風呂で溺れそうになったのだめを助けたり、濡れ髪にドライヤーをかけ、タオルドライするのも千秋。
あるいは逆に、肺を病むくらい煙草で煙り、吸い殻はアッシュトレイテンコ盛りといった状態で仕事に没頭する千秋の脳に酸素を送るべく、部屋の空気を入れ替えるのは、決まって、今彼の横で、寝入っているのだめなのである。


「俺、本気で・コイツのこと・・・・ 」

千秋は不思議に思う。
始め、家の縁の下に入り込んだ野良猫のだめが、だんだんとその懐こさから、家猫になり、いつの間にか、その身軽さから、手のり肩乗りの、自分について回る妙なペットみたいな存在になってしまい……


―― それが快感になってしまってて。
―― 峰が酔っぱらった時、俺に向かって叫んでた、、、
「変態が好きな方が、さらに奇人変人、大変態だって知ってるかい?」


『もう、降参だ。 
 こりごりだからって、去れるほど、俺は出来た人間じゃないし。
 人間諦めが肝心だって知ってるし。
 ここまで、変態の森深くに迷ってきてしまったなら、(まぁ、自ら冒険心で深入りしたとも言えるが・・・・・)
 とことん、最後まで潔くするってのが、俺様道を極めたってことになるだろ? 』

千秋は、心の中、俺様世界の中心で、過去の自分に愛を叫んだ。

千秋は、しばらく、掬い取ったのだめの髪を、入って来る陽の光に翳しながら落として、そっと撫ぜつけるという遊びに興じていたのだが、そろそろ、のだめの大きくてまぁるい一心に自分を覗き込む瞳が見たくなってきた。
コイツと俺が、男と女の仲になったらどうなるんだろう・・・・真一は心拍数が一気に過去最高レベルに達しているのを自覚する。

―― のだめと……   しっかりしろ、真一。
―― 此処に居るのだめは、あののだめだぞっ

自分に言い聞かせるも、もはやそれは、何の説得力もないのだった。

―― それでも、やっと…… ここまで来れた。
―― 自分も、のだめも……
―― もう、いいよな。 いくら、のだめだって、もう・・・・俺を・・・

真一は、彼女を抱き寄せた。
服を着てはいるものの凹凸もなにもかも、一致させるようにぴったりと自分の体躯に彼女の身を沿わせる。
とたんに漲る自分が少しだけ、恥ずかしかった。



「・・・・・ん・・・・  !!
 しぇんぱい・・・・   えっと、シンイチくん 」

のだめの少しチャコールがかった、明るい色の瞳が目一杯、見開かれた。

「おまえな、もう直、卒業も近いんだしナ。
 いい加減にキスくらい慣れてくれないと……
 いちいち、白目むいてたら、どうしようもないぞ 」

「でも、のだめ……あんなの、はじめてだったし・・・・」

「深くするの、初めてじゃないぞ、困るだろ、実際・・・・」

「だって、のだめ……
 前のとか、憶えてないし、全部、夢みたいだから 」

「・・・・・俺たち、ずっと、このままなのか?」

「ほぇ? 俺たちって!♪
 のだめと シンイチくんのこと、デスかぁ♪」

のだめは、嬉しそうに……  ぽっと赤くした頬で自分と千秋を人差し指で指した。
ツンツン、その指先で千秋の胸をつつく。

うきゅぅ〜

妙な擬音が混じるが、千秋はそんなことに感けている余裕はなかった。

「卒業したら、おまえはもう学生じゃなくなるんだぞ。
 俺と棲むんだろ? だったら・・・・ 」

自分のモノになれ、とはっきり言わないけれど、熱い瞳で口をへの字に曲げて、黒いオーラをのだめに向けて放つ。
以前千秋は、酔った勢いで、のだめの胸をブラウスの隙間から、手を入れ、触ろうとした時に噛みつかれた。

のだめのヴァージンは結婚する男のものたい。
 何も捧げるものもなか、のだめの……
 辰男とヨーコに貰ったと、この身ひとつ、いくら先輩ばいっても、まかりなりましぇん・・・・ヒックっ」

そんなのだめの純朴な様子が、千秋の脳裡をよぎった。

けれど、のだめは可愛い顔を幸福そうに笑みでいっぱいにして、
ほっぺを林檎みたいにまっかにして、俺をサプライズで食卓にずらっと並べた、超豪華呪文料理を見た時みたいに
ふにゃふにゃになりながらポスッと、身体をさらに千秋によせて、全てを彼に預けて来るのだった。




*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*

まあ、アレはアレでトラウマにはなっていないけれど、俺が今まで、のだめをこんなに近く置きながら、手を出さなかった抑止力にもなってたよな。

それに、これについて、俺は。。。
今回ばかりは、相手がのだめなので当てはまらないけれど、俺の女に対するジンクスもあって。

つまり、一夜を共にした女は悉く、本当にまったく例外なく、次の朝から人格が変わる。
いや、それはその夜までの方が、本性が現れてなかったというか、隠していたというか、色々目に余る部分が表面化するのである。
一言で言えば、「ウザく」なる。
女どもは一様に 「自分の彼、素敵なそんじょそこらにはいない最高の男」と世間に宣言しにかかるわけだ。
時にあまり長く、付き合いもせずいきなり深い関係になった女などは、「凄いのを釣った」とばかり、昔の男に見せつけるために俺を呼びだすこともあり。
それなら・・・と、大抵、俺も彼女たちを欲望の捌け口みたいにしか見れなくなって、他のところは目を瞑る関係となるのが常だった。
そして、お決まりの別れが来るパターン。
女たちは、自分の態度など反省もせずに、俺が冷たくて付き合いも悪いし、音楽ばかりやっていてデートもしてくれないから、別れるという。
中には、そう言えば、俺が態度を改めるはずだ、と思っている女もいて……。

それに比べれば、コイツ、のだめは……

何年、付き合っても全然、初めて会った頃と変わらない。

馬鹿で変態で……

でも、俺のすることを、どんな理不尽なことでも……
深く自分を傷つけるような部類のことだって、俺がしたいならって。
すべてを受け入れてくれる……

可愛くて、優しくて……  強くって俺と俺の音楽にエネルギーを与える  唯一の・・・・
愛しい存在・・・だから。


けれど、のだめは可愛い顔を幸福そうに笑みでいっぱいにして、
ほっぺを林檎みたいにまっかにして、俺をサプライズで食卓にずらっと並べた、超豪華呪文料理を見た時みたいに
ふにゃふにゃになりながらポスッと、身体をさらに千秋によせて、全てを彼に預けて来るのだった。




*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*〜〜*

「一緒に住もうな。
 俺、もう…… たぶん、待てないと思う 」

千秋は華奢なのだめの身体をギュッと抱き締めた。

のだめだって、待ちきれないデスよ」

小さな声でのだめが鳴いたような気がしたのは、あながち、千秋の気のせいではないようである。

ふたりで住み始める前に、一度、のだめの父親、辰男に話しておかないといけないな……千秋は思う。
のだめが幼い頃は東京で貿易会社に勤めをしていたという辰男。
今は、海苔農家の跡取りとして家を守っているその姿は、男気に溢れていて、傍に寄れば、娘への愛情に溢れていた。
自分の父とは、違う辰男にいったい、自分は何をどう切り出せばいいのだろう?

千秋の額に難しそうな皺が寄ったのを気配で察知したのだめが、
「どしたんですか? シンイチくん…… また考えごと?」
小動物が這い上るように、千秋の腕から逃げ出して、眉間にちゅっと可愛いキスを落としたので、千秋の思考は途切れた。

「っとぅ・ア、おまえなぁ・・・・」

ピンポ〜ン♪
その時、寝室にもドアホンの音が響いた。

「あぁ、もう時間。
 そだ、今日はリュカと、譜面をさらうことになってて。
 先輩、すみません、失礼します〜 ♪ 」

「・・・・オぅ  気をつけて行けよ!
 そうだ、今日帰りは何時頃になる? 」

「もちろん、烏が鳴く頃には帰りマス!
 栄養たっぷりなお夕食とか、お夜食とか、
 いろいろ、ヨロシクお願いしますっ
 千秋せんぱい♪ 」

ガバッと起き上がったのだめが、自分に向けて、いつもの敬礼をした。
千秋はいろいろって何だよ・・・・と心の中で突っ込みつつ、
微笑んで、しょうがない奴と納得する、人格が変わったような自分自身を俯瞰で見ている自分がいることに気付く。
それは眩暈のするようなショックを千秋に与え、彼はやおら、迷いこんだ未知の領域から現実に引き戻されたのである。