Le cantique de Noël (1)  





三善のアパルトマンを目指し、パリの石畳の上を焼けた砂の上を歩く猫みたいに急ぐ。
尤も今季節は暮れも押迫り、街は身を縮ませる冷気に支配され、街はノエルの気分に華やいでいる。
何故か、頭をよぎるのは、二人でパリに来て迎えた2度目のヴェイユドノエルの事だった。
そう……俺はあの年こそ、落ち着いてパリの聖夜を過ごそうと思っていた。
元来、欧州圏のノエルは家庭で過ごすのが基本で、特に宗教的意味合いが濃く、信仰に根差した地域ほどその傾向が顕著だ。パリ近郊のシビリアンスタイルがNYや東京に近いと言っても、やはり伝統行事はパリとて例外ではなく、そんな中、俺は自分なりに恵と二人のノエルを思い描き、実行に移そうと気合いを入れていたというのは強ち誇張でもなく、真実、本当の話である。
それと言うのもその前年はパリに来て初めてのノエルだったのに、俺たちはポンヌフ橋の上でアクション映画さながらの大立回りを演じてしまったからで、兎に角、俺は汚名を返上し、少しは世間並みのノエル気分を味わいたいと考えたのだ。
そして満を持して迎えた二度目のノエルは......
前年に劣らず鮮やかに記憶に残るそのノエルの思い出は勿論、俺の目論見とは裏腹に酷くちぐはぐで滑稽なものだったが……あれはあれで……また、ひとつ俺の思いが重みを増して積み上がった一日だったと、今になって振り返れば思えるのだから不思議だ。
まったくのところ、恵こと「のだめ」と過ごす日々は一日だって平穏であった試しはない。
そんな愛しい日々は今もって、続いて繰り返され、本当に……どんな恥ずかしい出来事も、少しばかりの己が感傷でくるみ、律儀に思い出と言う名のアルバムに綴じ込んでしまう俺はいったいどれほど、あいつに持ってかれているのか。。。
考え出したら限がなく、何事も曖昧なものや自分の美意識に沿わない事を徹底的に排除する俺の主義を持ってしても、「のだめ」を手放すことだけは絶対に出来はしないのだということに今更ながら気付き、思わず目を瞑った。
口が裂けても恵には言わないけれど、俺にとって恵こそが、神から遣わされた「恵み」であることに気づいたのは、あの二度目のノエルのことだったのだ。

それにしてもあいつ....恵は、そこら辺のこと、解ってるんだろうか?
いや、案外……変態のあいつは俺の想定内に納まったことなど一度もないし……
生きてくために、俺さまが……俺の飯じゃなくて、俺が……俺の音楽が必要だって本能で感じ取ってくれてることを時はるかからベツレヘムの星に願いつつ、俺は盛大にため息を吐いた。
今年もノエルは深々と冷えるのだけれど、雪がチラつくことはなさそうだ。
雪のないノエルはクリー●を入れないコーヒーとおんなじだと主張するあいつはサンタの赤い服を色鉛筆で描き逆さ吊るした照る照る坊主をオーナメントに混ぜてツリーに飾り、腹を空かせて俺の作る夕飯を待っているに違いない。そう相変わらずあいつは、出会った頃のまま、「のだめらしく」て……
取り留めない思いで頭を一杯にしながら、放った先から白くなる上がる息を整える間もなく、家路へ駆られる。
足を運ぶスピードが無意識に速くなっていくのもまた、繰り返される自分の日常の光景だった。


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―― nん〜  
―― あれ、のだめ、いつのまにか、眠っちゃったんですかね?


ヴェイユドノエル……
シンイチくんが帰って来るのをいつものように待ってて、でも少しだけ、背伸びする日。
二人だけで迎えるノエルはあと何回くらいあるんだろうって思うと少し怖い気もする。
けど、今夜は特別な夜だから……

フフフ・・・・ラルチザ△のセンテッドキャンドルはボアドリアンだけど、今日は蝋燭立に挿したラブギドノエル、この夜にだけ使うもの。
やっぱり、シンイチくんを癒したいって思うと、こんなふうに森に分け入った時に五感を擽る、爽やかなのに深いスパイシーな香りになってしまう。
だって、シンイチくんは一つしか違わないのにすっごく「先輩」で、それは別に音楽だけじゃなくてひとりの男のヒトとしても、のだめには解らないくらい大人だから・・・・・
勿論、海が嫌いなシンイチくんにマリン系は論外だけど、お花畑の暖かくて甘い感じやヴァニラや木苺みたいなのだめの好きな美味しそうな匂いも彼には相応しくなくて。
俺様に似合う香りは、樹々が鬱蒼と繁るミステリアスな森。苔蒸した横たわる老木の幹、柔らかく地面に積るグリーサンダルやシャータンの落ちた松葉。
大人の香りです。
そうして、そこにシンイチくんの作る呪文料理のローリエやナツメグやクローブの香りが加われば、たちまち魔法がかかって、この部屋は二人で過ごすノエルの夜の森になるんです。

そう、パリに来て初めて憶えたっていうか、のだめが新しく挑戦した想い出の一皿は甘酸っぱいスイーツ。
考えれば、これを作りたくて、ル・ポンヌフの悲劇の翌年のノエルのために、シンイチくんから立ち入り禁止されていた厨房に脚を踏み入れたんです。
もちろん、初回から上手に出来るわけありませんでした……っていうか、もしかしなくても、大失敗でしたっけね。
でもでも、失敗は成功のもとってことで、のだめはいっつもそれでしたからっ♪

先輩もあれから、のだめを皿洗い要員だけじゃなくて、厨房に入れてくれるようになりました。
「のだめ、厨房に入れるべからず」という先輩のかたくなな考えが敗れたのは、このノエルのスイーツのおかげかもしれません。
本当にちょっとずつだけど、おにぎりと薄目の味噌スープ(=ストレス過多でたばこを辞めない脳内老化が進んでそうなシンイチくんの為の減塩なんですよ、ほんとはっ)の他にオードブルやお晩菜が作れるようになって、難しくないものなら、先輩のお料理を綺麗にお皿に飾れるようになりました。
コツはですね。
盛りつけってのは、「睨み鯛」だって考えて、のだめの本当に食べる奴は後でよそえばイイって、女は度胸と割リ切りでもって、チマチマ、ねちねちとケチくさく、でも彩り良くミニチュアみたくお皿に乗っける。これに限るわけでして。

心を入れ替えようと思って作ったスイーツはノエルの林檎。
イブは林檎を食べて、恋の苦しみを知ったのだから、音楽に恋したのだめとシンイチくんは、ずっと一緒に・・・・・・悩んだり苦しんだりしても、一緒にいたいって思ったから。

勿論あの頃も、のだめはシンイチくんにフォーリンラブだったけど、シンイチくんに新しい恋のビッグウェーブがやって来たら、のだめは「ロストらぶ」だって思ってて。
元カノの彩子さんが完璧なレディだったので、シンイチくんには、美女のモーションの大波が来ても、レベルが高くなってる理想像のおかげで、防波堤が決壊しなかったってだけですし、マルレオケの方も軌道に乗ってきましたので、のだめはちゃんと覚悟してたんです。
だからシンイチくんがのだめの先輩でいてくれるうちは、思いっきりラブラブしておこうって。
のだめを突き放してるように見えて、どんなに冷たい仕打ちをしていても、シンイチくんってば、絶対のだめを路頭に迷わす事はしないヒトだって知ってるのだめはズルイ子なんです。

だって、のだめも蛇に差し出された、苺……じゃなくて、りんごを美味しく頂いてしまった「イブの娘」に違いないんですから。

シンイチくんの包丁はちょっと大きいし、持ち主とおんなじで切れ味鋭く、間違うともう、とっても危ないですから、のだめはピーラーやプチナイフやスプーンとか、その他いろんなキッチンツールの使い方を憶えました。オぅブンもホムベカリも今ではのだめの仲間です。
今年のポンムドフュマントはなんと、炊飯器で作りました。綺麗に洗った紅玉……パリのりんごは日本の林檎より小さいです。
芯抜き器で繰り抜いた部分にはザラメと少しレンジでチンしたキャラメル、濃さが違うバターを二種類詰めます。
キャラメルは、マダムオクレールから、フォショ△のミルクジャムがいいとかならったけど、のだめはプリごろ太キャラメルを使います! むきゃっ
先輩のには2つ、のだめのには4つ。 先輩のには、ラム酒を上から大匙2杯もかけます。こうすると、のだめの林檎にも香りが移ります。
「あなた」に染まる「わたし」・・・・何て素敵v
バニラの茎を載せて、あとは隠し味にコーラを小さじ1杯、これを入れると皮が柔らかくなって、艶も良くなるらしいです。
もちろん、保温しておいて、仕上げは盛りつけ。
フォショ△のヴァニラアイスを添えて、ラム週に漬けておいたスメタナ種のレーズンと湯煎で融かしたプリごろ太ペロペロチョコレートと混ぜたチョコレートソースをかけて出来上がりです。
ほら、こんなに出来るようになるなんて。苦節●年。。。のだめ、ピアニストじゃなくて、パリのパティシエンヌになれそうな気がしてきましたヨ。



―― !っ シン・・チくん? 
―― これってレザンジュ・ダン・ノカンパーニュ……?? 
―― ふおおおーーーしゅてき、しゅてき♪ ―― 久々に俺さまフェロモン駄々漏れのピアノです


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