このお話は『素敵な贈り物』の続編に当たります。
と言う事なんで、申し訳ありませんが、そちらを読んでからお進みください。


    続  素敵な贈り物 



夕方から始まった誕生日パーティーはとても楽しかった。
もう誕生会など開いてもらうような年齢ではなかったけれど、今まで一度もこうして僕だけの為に誰かが祝ってくれることなどなかったから、なんだか幼い子供に戻ったように僕の心はワクワクした。
時々これは夢なんじゃないかと思ってしまう程それは幸せな時間で……。
テーブル一杯に並べられた料理や、僕の年と同じ数のろうそくが立てられたケーキや、きれいに飾り付けられたリビングから皆の温かな気持ちが伝わってきて、思わず目の奥がつんと熱くなった。

食事が終わり、とても食べきれないだろうと思われた大きなケーキさえ皆のお腹に収まり微睡んでいた頃、ジェットが立ち上がった。
「じゃあ、次はプレゼントのお披露目といくか。」
そう言ったかと思うと、僕は地下にある広い倉庫に連れて行かれた。
パーティーだけでなくプレゼントまで用意してくれていたこと、そしてそれら全てを当日まで僕に内緒にして喜ばせようとしてくれたことに、僕は今日何度目かの胸一杯の感謝の気持ちをいだきつつ、ジェット達と共に地下へと降りていったのだったが……。









「……これは?」
そのプレゼントを見て絶句した僕にジェットが胸を張った。
「何ってこれがお前へのプレゼントだぜ。いや〜、苦労したぜ、ここまで大きくするのって。さすがにラッピングまで出来なかったけど、中身は最高だからな。」


僕の目の前に置かれていたのはとてつもなく大きな箱。
20畳近くある倉庫のゆうに半分は占める程の大きな箱が、その存在を誇示するかのようにデンと鎮座していた。
箱が只の箱ならまだいい。
先程から左右に揺れている。
何が入ってるんだ?
僕は秘かにため息をついた。


確かにプレゼントは嬉しい。
だけどジェットのことだ。何かサプライズな物を用意してくれたに違いない。
そういえばアルベルトやフランソワーズの姿が見えない。
サイボーグの面々のなかでも理性派といえる二人がいないということは……この中身はとんでもない物である可能性が高まった。
まさか南米のワニとかアマゾンの大蛇だとか、そんなものは入ってないだろうが、先程から揺れている箱は確かに中に何か生き物がいる事を示していた。
もう一度小さくため息をついてから皆を見渡すと、いつもは理性の固まりのようなピュンマの顔が楽しさを隠しきれない様に輝いていた。
駄目だ。唯一の希望はピュンマだったのに。
他の誰かが助け舟をだしてくれるってこともなさそうだ。


諦めて箱の近くへと歩み寄った。
そして箱に手をかけた。

「わっ?」
まるで吸い込まれるように手が箱を突き抜けると、そのまま僕は箱の中ーーーーつまり箱の内側へと転げ落ちた。
箱の外でジェット達がわっとはやし立てるのが聞こえて、僕は慌てて身を起こした。
さぁ、何がいるんだ?
ワニか、クマか、それとも大蛇か。
せめてあまり生理的にイヤな生き物ではない様にと祈りつつ顔をあげた僕は絶句した。

「フラン……ソワーズ?」





そこにいたのは姿が見えなかったフランソワーズ。箱の壁を叩くかのようなポーズのまま、彼女は大きな目を更に大きく見開いて、そして力が抜けたようにストンとしゃがみ込んだ。

「……気をつけてって叫んだのに聞こえなかった?」
「え?うん、聞こえなかった。
箱が動いていたから何がいるんだろうなぁと思ってたけど、まさか君がいたなんて。声ひとつ聞こえなかったよ。」
なんだかよく状況のつかめていない僕が呟くと、フランソワーズはため息をついた。
「気が付いたら此処に飛ばされてたのよ、私。……この箱の強度といい、向こうの声は聞こえるのに、こちらからは防音になっていることといい、イワンまで協力しているのね。」
そうだろうなぁ、と僕も思った。
今僕が入ってきたと思われる壁には傷一つ付いていない。
あれも簡単に言えばテレポートの一種なんだろう。


フランソワーズはもう一度ため息をつくと、そのまま壁を背中にして膝を立て、それを抱え込むようにして座った。
僕もどうしたら良いか分からず、丁度フランソワーズの対角線上なる場所に座った。





倉庫からみんなが出て行ったようで、その場がシンと静まり返った。
なんとも言いがたい沈黙が続いた。
フランソワーズが何度か口を開きかけるが、その度に難しい顔をしてまた黙り込んだ。

ジェットったらどういうつもりなんだよ。
ムカムカと腹がたったので、力任せに壁を叩いてみたが、ただの厚めの段ボールで出来ているはずのそれはびくともしなかった。


「無理よ。散々破ろうとしたんだけど、やっぱりイワンがシールドを張っているみたい。」

それでは何をやっても無駄だろう。
僕はきっぱり諦めて、前髪をクチャクチャっとかきあげた。

「……これって罰ゲームかなのかなぁ?」

そう口に出してから、それは違うと思い直した。
巻き込まれたフランソワーズには悪いが、彼女と二人きりになれて嬉しくないわけがない。
もしかしてあまりに煮え切れない僕の態度にイライラして、彼らなりのお膳立てをしてくれたのかもしれない。
それに乗ってしまうのも悔しいが、なかなか二人きりになるチャンスもないので、この機会を楽しんでしまうのもいいかもしれない。
そんな物思いに浸っていたから、僕はフランソワーズの顔色が変わったのに気が付かなかった。




フランソワーズはジョーの言葉を聞いて、無償に悲しくなってしまった。
今までの誕生日を全部合わせたくらい素敵な誕生会にしたい、と思ってがんばってきた。
お料理も飾り付けも完璧だった。
ただどうしてもプレゼントが決まらず、とうとう当日を迎えてしまった。
こんなことなら『一番欲しいもの』なんて言わずに、彼が喜びそうな物を何でもいいから何か用意しておくべきだったのかも……とも思ったが、もう後の祭りだった。
こうなったら素直に謝って、明日にでもジョーと一緒にプレゼントを買いにいこうと考えていたのだ。

だからジェットからプレゼントの件は心配しなくてもいい、と言われたときにはホッとした。
よ〜く考えれば、あのお祭り好きのジェットが素直に普通のプレゼントを用意しているわけないのに。

『お前が箱に入れ』
『それは最高のプレゼントになるな』
先日の会話が脳裏に蘇った。
冗談かと思っていたのに、まさか本気でやるとは思わなかった。
でもあのジェットやグレートのことだもの。
これくらいのことを予想出来ていなかった自分が口惜しい。

そしてジョーの言葉。
『これって罰ゲーム?』


そうよね。
せっかくのお誕生日だというのに、こんな所に私と二人閉じ込められて。
まるで罰ゲームよね。
最高の誕生日にしたかったのに。
最低の誕生日になってしまったわ。


膝におでこを付けて脱力していると、頭のてっぺんをつんつんとつつかれた。
頭を上げるとそこにはにこやかに微笑んだジョーがカップを差し出していた。

「すごいよ。お茶の用意までしてある。お茶菓子も。親切だなぁ。」

はい、と出されたお茶を受け取ると、フランソワーズはジョーの表情を盗み見た。
なんだかウキウキしているようにも見えるけれど、それはきっと落ち込んでいる私を元気づけようとしているからだろう。
彼は優しいから。
いつも自分の事は二の次にしてしまうから。
せっかくのお誕生日がこんなことになっても、きっと私を気づかって楽しい振りをしてくれるのだろう。

ごめんね、ジョー。
とんだ誕生日になってしまって。
忘れられないくらい素敵な一日にしたかったのに。
こんな状況になってもにこやかに微笑んでいるジョーの顔を見ながら、フランソワーズはお茶をクイっと飲み干した。






そして3時間後。
ようやく箱から出られた二人を、ニヤニヤと笑いながらジェット達が出迎えた。
「よう、ジョー。最高のプレゼントだったろう?ひゃっはっは〜♪」
上機嫌のジェットは、ジョーの後ろで恨めしそうな顔をしたフランソワーズの顔を見て慌てて口を閉ざした。

フランソワーズの右手が目にも留まらぬ早さで動き、不穏な空気を感じて踵を返そうとしたイワンの首ねっこをむんずと掴んで腕の中に抱え込んだ。
イワンの乗っていたクーハンは乗り手を失い、重力に逆らうことなく下に落ちてひっくり返った。
クーハンから色とりどりの飴玉がこぼれ落ちて広がった。
成る程。これで買収されたって訳ね。
フランソワーズは天使の様な微笑みを浮かべてイワンを見つめた。
「イワン」
にっこりと微笑むが目はちっとも笑っていない。
「これはあなたにはまだ早いって言ってあるでしょう?」
あうあう、と手を伸ばすイワンをもう一度睨むと、身をかがめて転がった飴を拾うとエプロンのポケットにしまった。



「さて。」
フランソワーズはイワンを抱いたまま、ジェット達の方に向き直った。
怒りのオーラが痛い程伝わってきて、さすがのサイボーグ戦士達も思わず一歩後ずさった。

『ちょっとやり過ぎたアルか?』
『ああ。お嬢さんは烈火のごとくお怒りだ。ここはひとつ……』
『ジェットに犠牲になってもらうか……』

ピュンマが恐る恐るフランソワーズに切り出した。
「そんなに怒らないで、フランソワーズ。
ジェットだって悪気があってやったんじゃないんだよ。
誕生日の余興で、ジョーをびっくりさせようと思ってやったことなんだ。
ちょっとやり過ぎたのは悪いよね。でも、きっと反省しているだろうし、ここは一つ……」
『汚ねえぞ、お前ら。俺ひとりに押し付けるつもりかよ!』
『なんとか丸く治めるから、な、ジェット。』
脳波通信が飛び交う中、果敢にもフランソワーズの柔和作戦に出たピュンマは次のフランソワーズの言葉に凍り付いた。
「あら、ジェットだけ?
違うわね。見てよ、この箱の完成度。
一ミリの狂いもなく正確に作られているし、この角の処理の仕方ったら芸術的だわ。
こんな芸当、ジェットには逆立ちしたって出来やしないわ。
察するにグレートとピュンマ、あなた方がこれの作成に関わっているわね。」
フランソワーズは青ざめたピュンマとグレートをちらっと見ると、残る他のメンバーに向き直った。
「そしてこの天井部分のガムテープを貼ったのはジェロニモね。テープの切り方一つにも個性がでるのよね。」



「ワイは何にもやっていないアルよ。」
両手を振りながら慌てて否定する張々湖にフランソワーズは微笑んだ。
「じゃあ、これは?」
イワンをジョーに預けると、背後からぐいっと水筒を差し出した。
「この水筒の中に張さん特製のお茶が入っていたのはナゼかしら?」
あわわ、と焦る大人を横目で見ながら、アルベルトは倉庫から出ようとクルリと背中を向けた。
「俺は正真正銘、こんなくだらんことには加担してないからな。」


「……確か言い出しっぺは貴男だったわよね、アルベルト。」
いつもより低めのフランソワーズの声に、アルベルトの歩みが止まった。
気圧が低くなった気がした。
嵐の予感。
この次に来るのは轟く雷鳴か、それとも叩き付けるようなどしゃぶりの雨か。


しかしそんな剣呑な雰囲気はジョーの笑い声で断ち切られた。
「あはははは」
「ジョー?」
いぶかし気に問いかけたフランソワーズに、目尻に涙を浮かべながらジョーが告げた。
「なんか嬉しいよ。誕生日にこんなに笑ったのって初めてかもしれない。
料理もおいしかったし、みんなからのびっくりなプレゼントにも驚いたし、最高の誕生日だよ。」

そう言ったあと再び思い出した様にクククと笑うジョーを呆然として見ていたジェットがハッとして慌てて言った。
「そう、そうなんだよ。面白かっただろう?掛け合い漫才みたいで。」
「うん。みんなのさっきの引きつった顔ったら見物だったよ。」



「おもしろい?最高?本当の本当に?」
うん、と笑いながら答えるジョーの姿になんとなく釈然としたものを感じないでもなかったが、無理をしている様子もなさそうだったので、ジョーって変な事で喜ぶのねぇ、と呆れつつ、フランソワーズの台風は急激にその威力を弱めていった。


ジョーからイワンを再び受け取ると倉庫を出て行くフランソワーズに聞こえないように、ジェットがジョーの首に腕を回して耳もとで囁いた。
「サンキュー。あいつ怒ると怖いからさぁ。助かったぜ。」
「それにしてもやり過ぎだよ、ジェット。
あれじゃぁ、巻き込まれたフランソワーズにしてみたらいい迷惑だよ。
あんな所に僕と二人っきりだなんて彼女が怒るのも無理ないよ。」

……お前、全然分かってないなぁ。
あいつだってお前と二人きりになれて、本心はまんざらでも無いはずだぜ。
そう言おうと思ったジェットは、ジョーの弾んだ嬉しそうな声ににやりと笑った。
「でも、彼女には悪いけど、僕はすごく楽しかったよ。いろんな話が出来たし。
最高の誕生日だった。ありがとう。」
何だ、話しかしてないのかよ。
3時間もあれば、あんな事もこんな事も出来たろうに。
本当に焦れったい奴だなぁと思いながらもジェットはジョーの嬉しそうな様子に目を細めた。






最高の誕生日。
今まで自分の産まれた日なんて嬉しいと思った事がなかった。
きっと誰も僕が生まれた事なんて嬉しいと思わなかっただろうと知っていたから。
父親からも、母親さえも僕を捨てていったのだから。
初めから望まれて生を受けたのではない。
それがずっと辛くて、いつもこの日がくると憂鬱になった。
だけどもう僕は誕生日を悲しむ事はないだろう。
こんな素敵な日をくれた仲間に心からありがとうと言いたい。
こんな素敵な贈り物をありがとうと。



フランソワーズに追い付いて、素直に今日はありがとうとお礼をいったら、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔がとても可愛らしくて、また僕の胸は熱くなった。



今日の日を忘れない。
今日は僕の産まれた日。
最高の仲間達と過ごした最高の誕生日。



 ----THE END----

                                                              by Azuki

 


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