白くて可憐な鈴蘭ノ似合ウ君ノこと
+++ やっぱり僕にはそう見える +++



まさかパリに恵ちゃんが来ているなんて、僕には思いもつかない事だった。

割とどこへでも一人で出向き、静かに過ごすことが性にあっていると思っていた。
内向的とか孤独とかではなく、沈思黙考するといろいろ深いところに行き着けることが解っていたからだと思う。
そう、僕にとっては三度の飯よりも、オーボエの音を誰よりもいい音で響かせてやることが生き甲斐で、実際、僕の音楽は家族を始め、周囲の人に認められて僕は一生、オーボエを手に生きて行こうと心に誓って、海を渡って修行しに来たのだ。

結局、それは彼女のいうところの 「上を目指して・・・・・・」 という事なんだと思う。

僕とて、オーボエを吹いていれば、霞を食べて生きられる身体じゃないから、ちゃんと生きる糧を得られる技を手に入れ、道を切り拓かなければならないから。
勿論、それはとっても、険しくて細い道であることくらい、初めから覚悟の上で……。
いくら、オーボエを心のが友だちだって、神に選ばれし僅かな一握りの人間にしか、音楽の使徒としての生活は赦されないのだ。

そして、その険しい道は 「己の努力」のみによって開けることを僕はずっと前から知っていた。
世で成功するには、運や才能ってものが必要だってことを否定するほど、易々と軽く考えて、異国の地まで音楽を学びに来たわけじゃない。
数年のうちに……出来るなら2年以内には結果を出し、快くこの道に進むことを許してくれた両親を安心させてやりたいというのが、僕のたっての願いである。


けれど……
予想はしていたことなのだが、世間の風は異国の地では、ことさら冷たく、僕の心を凍えさせ、
僕はひたすら、独り内に籠って、日々、オーボエの音だけは、曇らせまいと、がむしゃらに練習に明け暮れる毎日を此処、パリ国立音楽院で送っていた。

フランスの僕のところになんて、人道支援どころか、ちょっとした息抜きをくれるような気が合った友達は寄って来ない。
日本ではこんな事は少なくとも無かった。
言葉の壁で苦労があり、意思が伝わらないからというだけではなく、j本当に僕は暗くて陰気な性格なのかもしれない、と思う始める毎日。
孤軍奮戦するも、精神的な消耗はどうしても避けられなくて、自分がオーボエで描こうと思っている夢のある世界が何なのか、解らなくなっていた。

負のスパイラルに引き摺られ、そのままでは……きっと僕は……
パリまで来て、音楽以外は 「引篭り専科」 になりそうな気配だったんだ。
そんな時、僕は彼女にあった。


そう、彼女……   僕の思考を時々、ピンク色のフワフワしたものに変えてしまうという、不思議な力を持った女の子
野田 恵ちゃん
僕の「すずらんの君」である そのヒトに.......

これは、僕にとって幸運以外の何ものでもなくて

ま・る・で・・・・、何時まで続くか知れない、総てを枯らしに来る荒涼とした冬をやり過ごす為に雪養生の仕度をしていた僕に、慈悲深い神が彼女を遣わせてくれたのかのようで、この時ばかりは、不信心の僕も天に向かって祈りを捧げてみたのである。


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恵ちゃん……  パリで出会って、君のことを語る千秋くんが、言ったことはやはり間違いではないことが解った。

けど、僕はむしろ、君の「変態」ぶりに感謝さえしたのである。


普通の女の子なら、彼氏のいない間に、彼の部屋に二人で籠って、食事したりお茶したり、しないだろう。
ましてや、君の一番の魅力とも言える、素敵な演奏を、
彼氏でもない一人の男に心を籠めて、聴かせてくれるなんて事は……

初めて聞いた彼女のピアノ。
ショパンだった・・・、でも、顕かに、完成されたピアニストが弾くクラシックの楽曲とは異なるモノ……
こんな楽譜が存在するとは思えないし、コンヴァトで学ぶはずの完全無欠の演奏とは程遠いソレ。
けど、そのピアノの音は……
数々の美しい音を聞き分けてきた、僕の音楽家の耳を満足させるばかりか、
そういう・・・・  技術的な、理屈とか、理想とか、そういうものを超えて

前奏曲イ長調 (Polonaise in A major, Op.40,No.1)から、夜想曲変イ長調 (Nocturne in A flat major, Op.32, No.2)へ移っていくと
その曲が自分の今の心情にぴったりな気がしてくる。これって、Chopiniana……バレエ作品Les Sylphides(レ・シルフィード)で知られているのは、この曲の変奏曲で、原曲はフレデリック・ショパンのピアノエチュード? 随分個性的なアレンジでとっても良い加減な変奏曲だけど、レ・シルフィ-ドはバレエでもあまり筋書きのない空気の精の踊りで、色んな編曲がされていて、使われるショパンの曲も色々だし……
ワルツがらマズルカへそして、また嬰ハ短調 ワルツへそして、華麗なる大円舞曲に移る頃には、もう、すっかり彼女の織りなす音の渦に身を任せていた。
(Waltz in G flat major, Op.70,No.1、Mazurka in D major, Op.33,No.2、Mazurka in C major, Op.67,No.3、Prelude in A major, Op.28,No.7、Waltz in C sharp minor, Op.64, No.2→Grande valse brillante in E flat major, Op.18.)

どうしてだろう? それは、僕の心の真ん中から……   空っぽになりそうになっていた 虚しい部分を内側から満たしてくれた。
何故、彼女にこのような技が出来たのか、僕にはさっぱり解らないけど、本当に彼女のピアノはまるでマナのように僕を飢えから救う。
  音楽が好きだと言う、僕の一番大切な芯の部分
    縮こまって、隅に追いやられ、見えないくらいに痩せても、僕を支えてくれていた、僕の真髄を癒し、膨らませる彼女の癒しのパワー。
僕にこんなことをしてくれてるのに、彼女自身、まるで自覚がないのだから、僕としても御礼言うのも変だし、とにかくじっと、耳を澄ませる。
でも、少しの苦痛も無く、幸せな拘束なのだから、恵ちゃんってやっぱり、凄い人なんだと思う。

初めて、僕は友のもの幸せを嫉んだ。
あんなに溢れるほどの才能があるのに、その上、こんなに最強の防衛軍を配備してるなんて、どこまで、千秋くんって恵まれてるんだろう。
そう、目の前のミューズは 確かに「恵ちゃん」って言うんだった。
そんなふうに止めどなく、思考の波の中をリラックスしながら、漂っていると、いつの間にかピアノを弾き終えた恵ちゃんが、僕を覗き込んでいた。


「ぁ、えっと、 ごめん……  僕、この頃何だか疲れてて、すごく上手だったよ 」

「・・・・・ふぇ・・・黒木くん……」

急に彼女の大きな瞳がきらきらとして、何だかウルウルしてる。
―― まさか、恵ちゃん、泣いちゃうんじゃないよね、僕はそんなふうに君がなったら・・・・
―― どうしていいか解らないっていうか、気持ちを抑えておく自信無い・・・よ

「ん、ほんとだよ。 すごく…… 
 何ていうか、恵ちゃんの音って、心に響いてきて気持ちいいんだ。
 僕は好きだな、とても魅力的だと思う。 自信持っていい 」

彼女は見事に頬を真っ赤にして、もともと桜ん坊みたいに光沢を放っていた、唇をちょっとパクパクした後に不満そうに言った。
「黒木くん、すごいデス。
 もう、フランス男の口説き方を身につけてます。
 のだめ、思わずクラ~っとして、黒木くんの胸に飛び込みたいって思っちゃいましたヨ。
 破壊t力抜群の華麗なサードプレイですね。 
 あへ~、やっぱりR☆Sのソリストに選ばれた人デス 」

―― おいおい、こんなふうに言われると、逆に…… ムードが……
―― こ、こ、このパワーとテンション、処置無し……だよね?


こうして、僕の「鈴蘭の君」は、いとも簡単に意図せずに僕の物思いをはぐらかし、台所へと駈け去った。
ピアノ弾くと喉が渇くし、お腹も減るんだそうで……
しばらくすると、ちゃんと切り子硝子の器に、ココアを振りかけたヴァニラアイスクリームにラズベリーソースを添えたものが出て来た。

「コーヒーだけは淹れられるようになったんですよ。
 って言っても、コーヒーメーカーにセットして、落としたもんをカップに入れて来るだけだから、淹れるっていうより、注ぎ入れてるだけだけど」

人懐こい笑みで、僕の心をほっこりさせてくれる彼女は文句なく可愛くて。
ああ、本当に。
恵ちゃん、君が尊敬する千秋くんの彼女でさえなかったら。


いや、もしもの仮定は無意味なんだ。


僕は、武士のような覚悟で彼女を見上げた。
そう、彼女は可憐な鈴蘭のような女性で……    
彼女がその幸福の鈴を鳴らして、呼び寄せた男、彼女に水をやり、慈しんで育てるという栄誉を与えられた男はただ一人。

いったい、千秋くんって、自分がどんなに最強の運勢の元に生まれたのか自覚してるのだろうか?
いや、苦労もせずに手を入れたモノって、有難みが解らないっていうし、
悔しいから、いつかその時がきたら、彼に厭味のひとつも言ってやろう……  と思う僕。

僕って、やっぱりイイ人過ぎて、つまらないんだろうか。

喉を通って行く、アイスクリームは甘くて、部屋の空調で湿り気を欲していた体に優しく水分を補給してくれる。
今ひと時、 僕は絶対に僕のものになる事のない 「鈴蘭の君」の手で完全に癒されて、歪みの無い健やかな精神を取り戻したのである。





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2010.11.13. Vari2 サイトOpen記念。 クロキン誕生に捧げます。 SP