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この人って千秋よりも男前だと思うのよね。いぶし銀って錆無いようにコーティングしてるようなものだし……
さすが、辛い冬を耐え抜いたロシアンぎゃる、ターニャ!! 男を見る目だけはしっかりと博士号獲ったみたいデスねェ
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L'âme du samouraï
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4月、ドイツの交響楽団にオーボエ奏者として籍を置くことになった僕は、9月のシーズンを控え、現地での生活を軌道に乗せようと住環境を整え、楽団の練習に参加し徐々にその地に馴染みつつあった。
もしかすると、僕は華やかなフランスより、質実を重視するドイツ人気質の方があったいるのかもしれない。
なんだか、コンセルヴァトワール・ド・パリを卒業してからの僕は嘘みたいに順調で、見落としてることがあるのじゃないか、という気になって来る。
月末、僕はパリにいったん戻り、マルレの定演でオーボエを吹く。
それがマルレでの最後の演奏……僕のフランスで一番のチャレンジだった学生と二足草鞋だった、プロオケでの活動に終止符を打つのだ。
そして6月、サマータイムに移行する前に、思い出のつまったパリの下宿を空け払い、久々に日本に長期滞在することにした。
日本に滞在中には、R☆Sオーケストラの公演に参加することも決まっている。峰くんが演出助手を手掛けるという、R☆Sオケ、初tのオペラ 『魔笛』の演奏である。
なんと、千秋くんが指揮すると言うから、僕は、今からとても楽しみにしているのだ。
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パリに帰った僕は、荷物を置く間も惜しんで、三善アパルトマンに足を向けた。
千秋くんの親戚筋が留学生援助に貸しているという7区rue de l'Université から奥に入った結構、年季の入った建物だ。
日本から同じように音楽のために、この国にやってきていた千秋くんや恵ちゃんが、住んでいたから、何かあると訪ねて来た場所だった。
初めての留学生活ということもあり、無器用なのもあり、環境に適応しきれない僕の心の拠り所だった、ふたりには心から感謝している。
特に恵ちゃんは同じコンセルヴァトワールの学生だったこともあり、室内学で一緒にアンサンブルしたり、いつも僕の気持ちを引き立てて、元気をくれる存在で・・・・。
そして、千秋くんが常任指揮者になった、ル・マルレ・オーケストラにオーボエ指揮者として参加させて貰った。
―― 思えば、きっかけはあのオーディションで伴奏を頼んだことだったっけナ。。。
僕は、千秋くん達の棲む部屋をやり過ごして、螺旋階段をもう一階上まで昇っていった。
本当に元千秋くんの部屋で今は恵ちゃんに譲られた部屋は、オフシーズンには 「二人で暮らす」スタイルが定着してきてて、千秋くんの関係者も恵ちゃんの友だちも皆、暗黙のうちに了解していたりする。
だいたい、以前、恵ちゃんが住んでたその隣の部屋は、昔と変わっていない取り散らかしようで今は完全に納戸化してるみたいだ。
「ターニャ、入るよ?」
僕はノックすると返事を待たずに合いカギを使って、その部屋を開けた。
今日、帰ることは伝えてある。おそらく……彼女は今、料理の本と首っ引きで、キッチンに張り付いてるはずだから。
「あっ ヤス おかえりなさい」
僕は気軽な様子でドイツ土産のスモークハムソーセージが入った紙袋を持って、シンクの傍に歩み寄る。
「これ、メールしたお土産。
それから、此処来る途中のパティシエでターニャが好きだっていってた苺のムース、買って来た」
「・・・・ヤスって、結構、使えるし、気が付く男だったんだよね。
初めの印象と違って。
日本人って、階下のふたりみたいに、超マイペースで空気に敏感に反応したり、素通りしたり
意味不明な気の読み方ばかりする民族性なのかって思ってたし。。。。」
「ただいま、それって……」
「ふふふ、日本風、サーモンシチュー? 石狩鍋っていうんですって。
白みそってのを、ノダメの母親が送って来たとかでお裾分けして貰ったのヨ♪ 」
「美味しそうだ……、ターニャ、料理上手だよね。
僕って、すごく幸せ者だ 」
「あら、ヤスは料理だけで、私に参ったってわけ?」
「そ、そんなこと・・・・あるわけな・・い・・・っ!」
もじもじと、アパを躊躇う僕に彼女の方から、顔を寄せて、キスをくれた。
・・・・頬が赤いのは解るけど茹でダコみたいになって、みっともないことになってなけりゃ、良いんだけど……
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で、何だか石狩鍋だけど、大根とかじゃなくてジャガイモ入ってるサーモンシチューに、酢漬けのビーツ、そしてピロシキという国際色、豊かなランチが始まり、お腹いっぱいになったところで彼女が上目遣いで僕を見た。
「ねぇ、ヤス、、、」
―― な、何なんだ・・・・・ 買い物に行きたいとか、欲しいモノがあるとか?
―― ま、ま、まさか、メイクラブしようとかじゃないよね?? まだ、陽は高いんだから。
―― しかし、何だ、、、日本にも先人曰く、据え膳食わぬはってのもあるし・・・・・ここは受けて立つべきか?
「今年のバカンスなんだけどーーー、アノ・・・どうかしら、私、日本……
ヤスの生まれた国、行ってみたいのよネ 」
―― ああ、そっちか、なんだ・・・・・ え? えっと…… ぇぇえ、エーーー!!
「日本にっ それって、僕と?」
「うん、駄目?」
「だ、ッ駄目じゃないよ。 駄目じゃないけど……」
「なんか、厭そうね。
イイわ、ヤスが厭なら、無理強いするのは、気が進まないし。
今の忘れて…… 」
「そうじゃないっ ・・・・僕の方から言おうと思ってて。
先にターニャに言われちゃったから、どうしていいか解んなくなっただけで・・・ 」
・・・う、うわ〜〜〜
ロシアン・ボンバーが僕の腕の中に飛び込んできた。
寒い国の人って、情が濃くて、床上手だって言うけど……
タチヤーナ・ヴィシニョーワ 君は……
化粧は濃いけど、実はすごく、世話好きな女房タイプだって僕はこの頃、実践で学んでる。
ぅぅ・・・・ 、 ドイツでは、知らない間に緊張してたんだなぁって、今、気付いた。
いくら独りの時間を有効に使ってとか言ったって、たかが知れてる。
何ていったって、人肌の暖かさは…… とくに愛を育むための抱擁で伝わるハートウォーミングは何よりのセラピーで。
陽が高いけど、そんなことはいいっか。
僕は秘かに、ここが千秋くんの部屋より上であることに感謝した。
通りがかりにちょっと、様子見てこう! なんてお節介をアパルトマンの住人が起こさないのが3階の利点で、
それなりにピアノ入れられる構造の此処は、防音効果も確保されてるから、プライバシーはバッチリ、ベッドの軋みとかなんて気にしなくて……、
い、い、如何…… ボ、僕は何を考えてるんだか……
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そんなこんなで、マルレの最後の定演をこなす間、千秋くんは一人、劇場に近い自分のアパルトマンに戻ったけれど、僕は前の下宿を引き払って、ターニャのアパルトマンに転がりこんだ。
もちろん、彼女とて研究家の学生だし、生活費は納めてるから、あくまでルームシェア―だ。
って、自分に言い訳をしても、やっぱりコレって 「同棲」ってことで。
日本にドイツに行くまでって言っても 「同棲」するのに、此処は狭すぎる。
それに何時まで…… いったい、僕たちはとりあえず 「恋人同志」だけど、これからどうするんだろう?
もちろん、二人のことだから、相手があるからって言っても、僕は無責任に物事を考える性分じゃない。
そう、僕はどうしたいのか?
自分に問い質す必要も無く、僕は、自分のこの先を何回も思い描いていた。
「ターニャ、いい天気だね。ねぇ、もし良かったら……なんだけど、
公園にピクニックなんて行ってみない? 」
ついに僕は行動を起こした。
想いのたけを打ち明けるシチュエーションは、少しだけ日常から離れた場所の方がいい、と僕は思ったのだった。
サン・クルー公園(Parc de Saint-Cloud)、ヨーロッパでも指折りの美しい公園の一つなのだけれど、その広さは独り身には気後れするものでもあって、陶芸美術館には行ったことがあるものの、パリでくらした数年、足を延ばしてその自然を満喫することは無かったところだ。今なら花の季節だし、チューリップも満開。
何より小高い展望台からはパリのパノラマが楽しめるはずで、もし、色良い返事が貰えなくても、想い出づくりとしては秀逸だと自負していた。
ターニャも、二つ返事で承知してくれて、チーズやポテトチップ、僕が持って来ていた赤ワインなんかをバスケットに詰めて、メトロの駅を目指した。
「ヤスも車、買いなさいよ。
もう、立派な給料取りなんだから 」
メトロも遅れるお国柄だが、バスよりはましということで、僕はターニャの言葉にも上機嫌で受け応えした。
「そうだけど、僕、日本でも免許持ってないんだよね。
居合抜きと剣道には、自信あるんだけど、
スポーツマンじゃないから、取ってる暇がなくて 」
「ったく、ヤスってオーボエ、一本やりの人なのよね。
でも、千秋みたいに女をほったらかすタイプじゃないから
疲れないし、すごく心を休めてくれる…… 恵まれてるのかも、ネ。 私…… 」
小さく呟いたターニャの横顔は、いつもより……
顔色・・・・ 悪い?
それでも、白人さんの肌はほんとに綺麗なピンク色だから、僕の鼓動はドキドキしてきた。
そして、彼女の顔色が違ってみえたのは、具合が悪いんじゃないことに気付いたのは、メトロに乗り込んでからのことだ。
その日、ターニャの顔は、いつものチカチカする原色のシャドウやルージュで彩られる代りに、パステル系の化粧で整えられていたのだった。
「君に 日本の僕の仲間と、初めてのオペラで演奏する僕の音を聴いてほしい。
ターニャ、君なら、沢山のオーケストラの音の中から、僕の音を探しだせるはずだから 」
タイガーやゼブラや豹柄や、牛///// なんか動物やゴージャス、コテコテのファッションが好きな、肉食系女子である、音楽留学生
17歳から異国の地でピアノを学んできたロシア娘 タチヤーナ・ヴィシニョーワ
僕のせいだって、自惚れてみるけど、今日は彼女は幾何学柄(幾分、派手目ではあるがピカソみたいな抽象柄?)のワンピースに黒のヴェルベットのショートコートだ。
―― けど、どんな君だって今の僕なら、受け入れられる気がする。
―― 実際、ドイツに君を誘えたら、僕は大阪に……
―― 吉本新喜劇を見せて、道頓堀でグルメして、大阪オバちゃんのトラファッションで溢れる心斎橋筋、ショッピングで彼女を楽しませようなんて思ってる
「これじゃ、千秋くんのこと、いろいろ言えないよね......」
僕は彼女に聴こえないようにぼやいた。
彼女だってピアニストだから、僕の呟きを拾うことは容易いけれど、彼女は今、舟を漕いでる。
僕が昨夜、張り切っちゃったからだ。
すぐについてしまうけど、今しばらく、素のままの彼女の可愛らしい寝顔を独り占めしておこうと思う僕だった。

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